半導体デバイス業界で生きてきた人には説明不要の書。「電子立国日本の自叙伝」。上、中、下、完結の4巻本。この業界の人で、この本を知らない方はモグリである。

■凋落 (2013/07/07)

 本書は、半導体デバイスに関わってきた人にとっては、解説不要の本だ。初版は1991年。まさにバブル絶頂期であり、日本の半導体産業が驚愕の進歩を遂げていたまっ最中に書かれた書籍である。NHKスペシャルでも放映され、話題を呼んだ。そんな昔しの本を、なぜ今頃になり取り上げたかを説明しよう。

 筆者は本書を、約11年の間隔を置いて、これまでに3回読んでいる。初読は初版が出た1991年。当時筆者は大手電気メーカーの半導体設計部門に勤務するデバイス設計エンジニアだった。

 その頃のコトについて、若干触れておこう。勤務場所は工場で、広い事務所内には、約100台ほどのコンピュータ端末が、マス目状に整然と並んでいるという、極めて殺風景な所であった。出勤してから深夜帰宅するまで、ほぼ一日中端末の前に座り、半導体素子の回路設計とシミュレーションを繰り返す、といった、今から思うとぞっとするような非人間的な生活を送っていた。明けても暮れても、論理回路設計とその動作シミュレーションの日々。精神を病まなかったのが不思議なくらいだ。まあ、そのような職場だったので、変人は多かったね。半分壊れちゃってるヒトとか制御不能に陥っちゃっているヒトとか。。。エンジニアの動物園とでも言えるだろう。

 しかし、とにかく当時は忙しかった。日本の半導体産業は隆盛を極め、続々と新しい石を開発しては、市場に投入していたのである。工場では、生産技術が確立し、歩留まりも改善されてきた頃だった。開発エンジニアのミッションは、市場シェア獲得のため、並み居るライバルメーカーとの熾烈な闘いに勝ち抜くことであった。そんな時に発行された本書は、日本の半導体産業が、今後も際限無く発展し続けるであろうという楽観的な雰囲気で一杯だった。まさしく、

 今日は昨日よりも良く、明日は今日よりも良い。

 という気分だったのだ。本書は、日本半導体産業の完全なる勝利宣言であり、読む側もそれを信じて疑わなかった。バブル時代とは、そういうものだったのである。しかし、実は筆者は密かに不安を感じていた。現場サイドでは、海外のFAB、特に台湾あたりが、市場に進出し始めており、少しずつ喰われていた。デバイスの価格も、各社間で叩きあいの様相を呈しており、不吉な予感が漂う。「そんなに浮かれていて、楽しいの?」という冷めた目があったのだ。この時の動物的ともいえる勘に従い、筆者は1993年に、社内公募制度で、これまでとは全く色合いが異なるネットワークサービス部門への異動を希望する。今でも覚えているのだが、半導体事業からネットワーク事業へと転進する際、当時の半導体事業部の上長が、こう言ったものだよ。「ネットワーク部門で音を上げても、絶対半導体事業部は引き取らないぞ。出戻りはナシだ!片道キップだが、覚悟はできているんだろうな!」。・・・

 覚悟が出来てたから、飛びだしたんじゃん。。。

 さて、本初を再読したのは、それからほぼ11年が経過した2002年のことだ。

 半導体部門を離れて10年近く経過していたが、ITバブルの頃でもあり、半導体産業は、まだそれほど深刻な状況には至っていなかった。但し、久しぶりに会ったかつての仲間は、いつの間にか他の企業に転職していたり、半導体事業部門に覇気がなかったりと、確実に変化が生じつつあった。半導体の海外設計・生産は、ますます盛んになり、特にメモリーなどは喰われっぱなしだった。日本でも、かつてはライバル同士であった半導体メーカーが、メモリ専門の会社を共同で立ち上げ、東京証券取引所に一部上場した頃である。完全に「攻め」から「守り」へと転じていたのだ。そんな時に再読した本書は、かつて元気だった頃を想い出させた。「ああ、あの頃は良かったよなぁ・・・懐かしいなぁ・・・」といった感じとでも言おうか。でも、まだこの頃は良かったのである。ホントウの地獄はこれからだったのだ・・・

 2013年6月、また本書を引っぱり出してきて、最初から最後まで、じっくりと読んでみた。読後に思い浮かべた言葉は「凋落」のひと言である。「どうしてこうなった!」と考え込んでしまうのだ。もう、悲惨とか通り越して、かつてホントウにこんな景気の良い時代があったのか?と自問したくなるくらい、痛いのである。

 あと11年したら、また本書を紐解いてみようと考えているのだが、その頃にはどんな時代になっているのだろうか?不安は募る一方なのである。それ以前に、あと11年も生きてるっている保証はねぇやな。。。

('A`)

【補足】
 本書の内容は、少なくとも何らかの形で半導体デバイス業界と接点が有った人には、非常に面白いと思うであろう。逆に、この手の業界に無縁なヒトにとっては、読むのが苦痛かもしれない。但し、そういった読者にも配慮しており、特にトランジスタの製造の変遷や、IC、マイコンチップの開発など、徹底的に調査し尽くして、これ以上無いくらいの平易な説明で解説している。半導体の歴史書として見た場合にも、極めて優れていると思う。特に、筆者のように、趣味で電卓を集めまくり、使用されているチップを調査するような変人にとっては、何回読んでも飽きない。(因みに、本書の「電卓の歴史」の章で紹介されている電卓のほとんどの機種を、筆者は今も所有している。筆者はちょっぴり「異常」な部類に属するのかもしれない。)

 さすがに4巻本は保存するにも読むのにもキツいので、今後は自炊して電子化してしまおうと考えているところだ。


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