■迷走する物理学 (2008/02/14)

 今年に入ってまだ1ケ月と半分しか経過していないが、この本は本年度マイベスト5に確実に入ると思ってしまった一冊。痛快である。しかも論理的である。しかも非常に皮肉でもあるという、大変内容豊富な一冊であった。ストリング理論は袋小路に入りつつあり、それにも関わらず多額の予算と優秀な人員が、この問題に取りかかっている、もしくは取りかかざるを得ない状況を扱った、近年に無く「ひねくれた」書籍なのである。実際著者も自分のことを「ひねくれ者」だと断言しているし、そういう意味で筆者と波長が合いまくりになったのかもしれない。

 ここで重要な点は、この著者であるリー・スモーリンという物理学者が、ひも理論全般に通じ、永年研究してきており、それなりの地位も得ている学者であることであろう。できるだけ中立な立場を取ってさえも、ひも理論は矛盾を孕み、現代物理学のこの分野を30年間停滞させたと言いきるのは、それなりの勇気が必要だったと思うのだ。2ちゃん流に言えば「か、漢だ!」「そこがシビれるあこがれる!」といったところであろうか?

 一般の入門書では無いため、有る程度のこの分野の知識は必要である。しかし、解説は極めて論理的かつ簡潔であり、理工系の人間であれば抵抗無い。むしろ、哲学、論理学、社会学といった分野にも話題が発展する。著者は、若手物理学者がストリング理論を「選ばざるを得ない」状況を嘆く。ソシオロジーとしての弊害が、この分野の正常な発展を阻害しており、学会の重鎮の意見が支配する封建的な雰囲気を作りだしており、この点から改めない限り、正常な発展は見込めないだろうと、厳しいところを指摘する。

 筆者は物理学者でもないし、この分野の専門家でも無いのだが、常々現代物理学についてはウォッチしてきた。アインシュタインの相対論誕生100周年記念の2005年より、特にこの分野の一般向け書物の書物が多数発行され、いずれも大変面白い内容だった。だったのだが、最近になって、何かコレ、変じゃないか?と感じていたことも事実である。ひもにしろ超ひもにしろ余剰次元にしろブレインにしろ、観測された事実が無い。理屈では何とも言える。これはある意味、宗教に近いのか?との疑問が膨らんでいたまさにこの時期、このような本が出版されたというのも、タイムリーであったと言えよう。

 内容は極めて論理的で、まず最初に現代物理学として回答せねばならない5つの問題点を提起し、ストリングス理論がこれにどう答えているのかを説明しつつ、ストリング理論の略歴を解説する。最後にこの理論が、社会体制(ソシオロジー)の問題に発展しつつあることを危惧している。もちろん、ストリングス理論に対する批判だけでは無い。それに代わる可能性がある新しい考え方も色々紹介される。中には過激なものもある。光速が実は一定では無いのではないか?ニュートン力学が銀河規模では逆自乗の法則になっていないのではないか?等々。。。要は、ひとつの理論に凝り固まること無く、もっと視野を広げるべきだというのが結論である。

 現代物理学は虚妄・・・かもしれない

(補遺)
 現代物理学、特にスーパーストリング理論とM理論を扱った解説書では、これまで「現代物理学が描く突飛な宇宙をめぐる11章(スティーヴン・ウェッブ著:青土社)」が、比較的判りやすく、かつ適度に数式を交えて解説しており、良くまとまっていると思っていた。また、最近では美貌の物理学者(?)リサ・ランドール著の「ワープする宇宙(NHK出版)」も読んでみたが、確かに女性らしい細やかさで判りやすい例えをふんだんに使い、この分野の入門書としては良くできている。

 しかし、両書とも最終的に実験では確認できない理論であることが痛い。その中間段階として、CERNのLHCの稼働により、ヒッグズボソン粒子が発見できるということに、異常なほどの期待をかけてしまっている。LHCは2008年5月には稼働を開始するそうだが、その時、かの粒子が出て来なかったら、一体どうするんだろうか?とヒトゴトながら心配になってしまう。いや、きっと出てくるんだろうねぇ。。。どのような結果にも対応できるように出来ているのが、現代の超ひも理論だから。パラメータを変えれば、それこそ10の500乗通りもの理論が構築できるそうだから・・・

「現代物理学が描く突飛な宇宙をめぐる11章(スティーヴン・ウェッブ著:青土社)」。この手のまとめ入門本としては、良く書けているのだが・・・

リサ・ランドール著「ワープする宇宙(NHK出版)」。通称「リサたん本」とは、筆者が勝手に付けた。因みにリサたんは女優のジョディー・フォスターに似ているとのもっぱらの噂だそうだが、そうには見えないんだけど。。。ところで、面白い事実を発見!この本の帯には各物理学者の推奨文が記載されているのだが、その中にあろうことか、「迷走する物理学」の著者リー・スモーリン本人が賛辞を寄せている。虚妄の現代物理学に対して一石を投げかけた物理学者が、虚妄中の虚妄とも言えなくもない5次元時空論者に対して好意的な評価をしているのは、いわゆる大人の風格ってヤツでつか?因みに賛辞の内容は以下の通り。「本書は現代素粒子物理学の最前線をめぐる爽快な旅であり、現在の科学が抱える非常に厄介な難問と格闘している第一級の知性との出会いである」。確かに、「でもオレは、内容については同意しかねる」、とは言ってないんだけどねぇ。。。

 さて、既に次に読む本も決めている。ピーター・ウォイト著の「ストリング理論は科学か(青土社)」だ。この本は手強いぞ!なんつっても、帯の文句がふるっている。「それは間違ってさえいない」。

ピーター・ウォイト著の「ストリング理論は科学か(青土社)」。帯の「それは間違ってさえいない」の文句が、震える!!!


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