カウントダウン・ヒロシマ 表紙
スティーヴン・オォーカー著。早川書房刊。


■カウントダウン・ヒロシマ (2005/09/28)

 ドキュメンタリーとして、他に類例を見ない迫力を持つ傑作だ。早川書房の新刊「カウントダウン・ヒロシマ」は、1945年7月16日に、ニューメキシコ州で実施された世界初の原子爆弾実験を起点とし、1945年8月6日の広島原爆投下までのカウントダウンを、精緻な構成で描いたドキュメンタリーである。著者であるスティーヴン・ウォーカーは、BBCのドキュメンタリー監督を務めていたキャリアを持つだけのことはあり、本書の内容は極めて「映画的」な手法によって描かれているのが特徴だ。人類初の原子爆弾実戦使用の瞬間までを、カウントダウン形式で加速させながら読ませる展開は、スティーブン・キングの「バトルランナー」にも一脈通じるものがある(但し映画化されたものでは無く、原作として)。本書の原題は「SHOCKWAVE」。

 徹底した取材とディテールにこだわった書き込みで、臨場感はすさまじい。冒頭に登場するトリニティ実験場での様々な不具合、組織内の軋轢と葛藤、これから一体何が起こるのかといった不安も、見事に描かれている。原子爆弾の起爆装置であるXユニットと呼ばれるものが、当初より雷のような空電現象で誤動作を起こすことが確認されてるにもかかわらず、あろうことか実験前日の1945年7月15日夜は、猛烈な雷雨であった、というような事実は、まるで映画の世界そのものだ。

 広島に投下された原子爆弾「リトルボーイ」の起爆システムメカも、当時としては精緻を極めたものだった。爆弾投下後、最初に8個のタイマー時計により点火信号が送られ、次に大気圧センサーにより電気回路が接続、起動したマイクロ波レーダー装置が、地上高564mを検出すると、最終スイッチがONとなり、発射薬点火装置が動作し爆発を起こす。マイコンはおろか、トランジスタさえ無かった時代に、これだけ複雑な自動制御装置を、しかも爆弾本体内部に構築したということは、驚異である。ちなみに、レーダー装置は、マイクロ波を地上に発信、その反射波をとらえて爆弾自身の高度を測定する仕組みだったそうだが、使用されたアンテナは日本の「八木アンテナ」だったという、皮肉な落ちまで付いている。

 被爆直後の悲惨な状況もリアルに描かれている。外国人であるにもかかわらず、ここまで緻密に表現できたというのも、驚きだ。被爆者への徹底したインタビューによるものであろう。原爆の生みの親である物理学者オッペンハイマーが、ロスアラモス研究所を去る時に発したと言われている警句、「紛争の絶えない世界で、原子爆弾が兵器庫に並ぶようになれば、人類はロスアラモスと広島の名を呪うときが来るだろう」という言葉は、特に印象的だ。

 技術的な側面、歴史学的な側面、政治的な観点、人間ドラマとして、どれを取っても非常に良く描かれている。二読、三読する毎に、様々な印象を残すであろう好著と言える。


カウントダウン・ヒロシマ 裏表紙
中央の画像は、ノルデンM-9式爆撃照準機のアイピースより覗いた、投下地点。


終戦直前に投下された、米軍の宣伝用ビラ「伝単」 表面
「日本の皆様」と題されたこの伝単は、裏表2面から成る。その表面には、終戦直前に、日本政府が連合国政府に宛て発信した英文通告書の和訳が記載されている。

終戦直前に投下された、米軍の宣伝用ビラ「伝単」 裏面
伝単裏面には、アメリカ国務長官が1945年8月11日に通達したメッセージの全文が記載されている。当時の日本政府が出した、天皇制の継続を前提としたポツダム宣言の受理という提案に対する、連合国側の立場を明らかにした内容となっている。


 本書内でも登場するが、1945年7月26日、外務省にポツダム宣言文書が届けられた日の午後に、B29の編隊が数万枚に及ぶポツダム宣言文の日本語版を投下した。いわゆる「伝単」である。この時のものとは別の日に投下されたと思われる伝単のコピーが、筆者宅にも残っている。1945年8月11日に、アメリカ国務長官が日本政府へ向け伝達したメッセージの和訳が裏面に記載されたこの伝単は、日本が8月14日に無条件降伏を提出する直前、12日〜13日にかけて投下配布されたものと思われる。このような本や資料を読むにつれて思うことは、「なぜ日本はもっと早く戦争をやめなかったのだろうか?」という疑問である。。。


終戦直前に投下された、米軍の宣伝用ビラ「伝単」 表面
上記に示した伝単表面を、読みやすいよう打ち直したもの。旧漢字は現代漢字に直して記載している。原本は印刷の品質が悪く、シミや汚れ等で一部判読が難解な部分もあり、厳密に正確なものではないかもしれない。

終戦直前に投下された、米軍の宣伝用ビラ「伝単」 裏面
上記に示した伝単裏面を、読みやすいよう打ち直したもの。旧漢字は現代漢字に直して記載している。原本は印刷の品質が悪く、シミや汚れ等で一部判読が難解な部分もあり、厳密に正確なものではないかもしれない。

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